ここで少し長くなるが、私がイギリスに滞在していた四ヵ月と、二ヵ月半かけて旅して回ったヨーロッパの話を紹介する。みんなに国によって違う文化や習慣を知って貰うことで、一般国民同士の国際交流の輪が広がって欲しいという私の願いを込め、少し長いが、それぞれの国の事情を書いてみる。

イギリス
写真を撮られる
まず、私が講師として行ったイギリスの話から進めよう。
それはバッキンガム宮殿に、有名な衛兵交代を見に行く途中の出来事であった。

小さな公園を横切っていると、年は四十歳ぐらいのカメラをもった男が私に向かって、突然、「そこに立って」と声をかけ、写真を撮り始めた。私は「何やってんだ」と言い返すと、少しびっくりした様子だったが、それでもシャッターを押し続けた。私は「急いでいるから」と行こうとすると「写真を送るから住所を教えてくれ」と頼む。私は「お金を取るんだろう」と言った。それには答えず男は「君は日本人だろう」と聞いてきた。「そうだ」と答えると、「君みたいに英語がしゃべれる日本人は初めてだ」と感心したふう。私が、何やってんだ、と言い返した時、その男が少し驚いた仕草を見せた理由が分かった。なぜなら彼は英語が分からない日本人観光客相手に写真を撮りまくり、日本に送るからと言ってお金を取る商売をしているのである。

私はそのことが予想出来たので、「お金を払うつもりは全くない」とはっきりことわ断った。すると男は、「写真は必ず送る。信用して下さい」と何度となく繰り返す。そしてその商売にまんまとはまった日本人の住所がずらりと書いてあるノートを私に見せた。多くの日本人が騙されているんだなあと思った。私がノートに住所を書くのを渋っていると、相手は凄みというかきょうはく脅迫じみた態度を取り始めた。私は少しカッチときたので、「お前が勝手に写真をと撮り、それで金よこせとは何ごとだ。まるで詐欺と同じだ」と少し強い口調で言うと、相手は少しひるんだ。

その様子に私はつい、いくらか聞いてしまった。「二十ポンド」と答える。当時一ポンドは二百五十円ぐらいだったから、五千円の計算になる。たかだか数枚の写真で、しかも本当に送ってくれるという保証などないのにこの値段だ。

私が「これは詐欺だ」と繰り返すと、男は「日本人は金持ちで財布の中にいつも千ポントぐらいは持っている。たいていの日本人は払ってくれる」と言った。それには否定出来なかった。常識し知らずの日本人が多いのだ。「とにかく俺は他の日本人とは違うし、観光客ではないから」と断った。すると男は「半額でもいいから、払ってくれ」と哀願する口振りに変わった。こうなると日本人は弱い。日本人はお涙頂戴物語りになると冷静な判断が出来なくなる。それに二十ポンドや十ポンドというのは、当時の日本人にとってたいした額ではなかっただろう。だからこの男のような商売が立派に成り立ってしまう。

男のあまりのしつこさに、時間のなかった私は、ノートに住所を書き、十ポンドを捨てる気持ちで彼に渡した。
三ヵ月が過ぎ、ドイツに滞在している時、私が日本の家に電話を入れた。するとお袋が「イギリスから何か届いている」と言う。お袋は、英語が分からないので封を切らなかったらしいが、「手触りで写真のようなものが入っている」とのことだった。私は「それなら開けてみて」と頼んだ。お袋がそうすると、バッキンガム宮殿周辺で撮られた例の写真であった。男は詐欺師ではなく、彼なりにちゃんとした商売をしていたのである。十ポンドでちょっとした感動が味わえた。そして、自分が十ポンドを男に渡した時の不信感の塊だった気持ちを恥じた。今でもその写真はアルバムの中にある。

自動販売機
自動販売機について、前にアメリカと日本の状況を比較した。ここでは、イギリスの自動販売機で起こったことについて少しふれてみよう。

電車を待っていると古びた自動販売機が目に入った。見るからに古かったが、しかしきのう機能しているようであった。中身はガム、スナックとチョコレートバーであった。小銭を入れ、欲しい物の取っ手を引っ張った。日本のように押すのではない。ガチャンという音がしたものの、品物が出て来ない。二、三度、拳でたたいてみても出て来なかった。(つづく・感想文をお寄せ下さい