一組分が足りなく、また後ろに並んで、入場券を買い、手渡していた。私はパンフレットを買い、どう回ろうか考えながら、そのツアーコンダクターの行動を見ていた。彼はパンフレットを配り、それから大声で「今十時をちょうと過ぎていますが、十一時三十分にここに戻って来て下さい。バスはここを十一時四十五分に出発するので、時間を守って下さい」と叫んでいた。
一日かけても見切れないというのに、それをたった一時間半で見るというのはあまりに無謀。あるカップルは見なくてもいいから、近くのレストランで休もうよと話していた。ツアーというのはこういうものだ。ツアーコンダクターは「次はオルセー美術館へ行きますから」と言い、「では皆さん一時間半後にここでお会いしましょう」と告げると、カップルたちは散って行った。ツアーコンダターは入り口をまっすぐ入ったところのレストランに入って行った。同時に二、三のカップルもツアーコンダクターを追うかのように入って行った。

旅行中、いろいろな人と出会ったが、ツアーでの旅行は疲れると言っていた。しかし、旅行とは疲れるものである。どんなにいいホテルに泊まり、どんなにいい食事をしたとしても、家や家庭料理に勝るものはないのである。とにかく、一連の観光客の姿を見て、私の新婚旅行は私自身が企画し、その旅行中に将来のことが話せるぐらいのゆったりしたものにしようと決心した。あれではホテルに入ったら、ばたんきゅうである。私は気を取り直し、パンフレットを見ながら、足を進めた。

 モナリザ・ミロのビーナス 
すると目に凄い絵画が飛び込んできた。その数にも驚かされた。多くの人がじっと一枚の絵を見ている。全く動こうとしない人もいる。中には美大生だろうか、絵を見て写生している人もいた。百メートルぐらいは歩いただろうか、時計を見ると、歩き始めてもう一時間は経っていた。あの日本人ツアー客は後三十分しかここにいれないのかと思うと、他人ながら同情してしまう。ルーブルの中では三時間、四時間などあっという間である。私の方は時間を忘れ、夢中で見ていた。お腹が空いたので、時計を見ると、もう二時を回っていた。でも後三時間ぐらいしかここにいれないと思ったので、昼食をと摂るのは止めた。多くの人が一枚の絵にカメラを向け、シャッターを切っていた。それは誰もが知っているあの『モナリザ』であった。『ミロのビーナス』も、多くの人が写真を撮っていた。

写真を撮る日本人
ここで一つの出来事を話さなければならない。日本人のいやな一面である。多くの人が写真を撮っていると書いたが、ほとんどが日本人であった。『モナリザ』と『ミロのビーナス』の横に、フランス語を初め、英語、ドイツ語、スペイン語、そして日本語の五ヵ国語で、「写真を撮らないで下さい」と大きく書いてあったのに、日本人観光客ときたら、他の人も撮っているのだから、自分達もいいだろうぐらいの考えで写真を撮っていた。美術専門学校の生徒のグループもいて、やはり写真を撮りまくっていた。そんな姿を見て、先生が「お前達みたいのがいるから、日本人が下級の人種に見られてしまうんだ」と、私が言いたいと思った言葉を、かなり強い口調で言っていた。

それも当然である。いろいろな国の人が観光にルーブル美術館に来る。その中でルールを平気で破っているのが日本人なのである。他の国に行くなら、日本人としてしっかりした態度を取って貰いたいものだ。仮に他の国の人が日本人を見たのが初めてなら、一体どう思うだろうか。人というのはあんがい案外、一部の行動だけでその人を評価してしまいがちではないだろうか。みんなにも心して貰いたい。

そうこうしているうちに、すでに五時を回っているのに気づいた。かなりお腹も空いたし、疲れてきた。美術館を出て、近くのレストランに入った。ここも周りはカップルだらけで、一人旅の孤独を感じた。しかし、この時は孤独さより食欲の方が上回っていたので、むさぽりつくように食べた。食事が終わり、珍しくアルコールを体に入れたくなったので、メニューを見て、ワインを頼んだ。一本頼んだので、ウエイターが冷水に浸かったワインを持って来て、私のグラスに注いでくれた。少しだけ高級感というか上流階級というか、とにかく偉くなったように思え、気分がよかった。そのお陰だろうか、疲れも取れ、心に余裕が出てきて、ルーブル美術館の一日を思い返していた。 (つづく・感想文をお寄せ下さい)