私は、二人にはあまり関わりたくないと思ったので、口数を少なくした。
ノッポの女が(このノッポだが、頭にくるのは、自分がブスにもかかわらず、自分は美人だと思っているふしがあったことだ。おろ愚かなことである)まるで中学生の女の子が好きな先輩に愛の告白でもするかのようなまなざしを私に向けたのである。一瞬、異様な空気が流れた。

するともう一人のちびで太っている女(こいつのいやな面は、よくもあそこまでと感心したくらい図々しかった)が、「実は私達、昼間泥棒に遭ったんです」と切り出した。話を聞いて見ると、二人でウインドショッピングをしていた時で、時間は午後一時ごろのことだという。四人組みの男達がいきなり彼女達を襲い、ナイフでショルダーバッグのひも紐を切って、バッグをひったくろうとしたという。二人ともバッグの中にパスポートをはじめ、現金、カード、トラベラーズチェックなど全て入れていた。白昼ということで、周りに人はいたが、あっという間の出来事で助けて貰えなかったらしい。

何もしていなかった二人
文無しになってしまい、ホテルに戻り途方にくれているところに、私が声をかけた、という具合である。渡りに舟とはまさにこのことである。警察に届けたのか聞くと、まだだと言う。日本大使館に連絡したのかと尋ねると、それもまだ。盗まれてから、今まで何もしていないのである。

彼女達は東京の短大の二年生で、親の反対を押し切って二人で卒業旅行にやって来たという。スベイン語は勿論、英語も全く出来ないから、何をどうしたらいいのか分からないと困っている。私が、「ツアーで来ればよかったのに」と言うと、「ツアーは時間に追われるからいやだ」とノッポが気取った口調で言った。なまいき生意気なことを言う、と私は内心で思ったが、「それはそうだね」相づちを打ち、その場を濁した。

ホテルの人にも何も話していないというので、こんな女達に協力したくない、という心に鞭を打ち、ベッドから降り、フロントに行った。マネジャーにじじょう事情を話し、理解して貰った。解決するまでこのホテルにいれることになった。次はカードのことである。悪用されたら困るから、カード会社に電話を入れ、盗まれたことを伝えないといけない。私がカードは何、と聞くと「二人ともアメリカンエクスプレスのゴールデンカードだ」とノッポの女が答えた。

私は、大きな期待の反動で疲れはピークに達した。時計を見ると十二時を回っていた。一時間もかけアメリカンエクスプレスの会社の電話番号を調べ、電話を入れた。やっと通じ、カードが盗まれたことを言うと「お気の毒に」と優しく話しかけてくれた。本当は私が一番気の毒なんですよ、と言いたかった。「それではカードの番号を教えて下さい」という段階になって、二人とも知らないのである。私は自分の耳を疑った。カードは親から借りてきたものであった。それでは日本に電話を入れて番号を聞かなければ、と言うと、二人は親には知られたくないなどと能書きを言う始末。私は腹の中で「お前ら自分の置かれた状況が分かっていないのか」とののしっていた。

「それはまずいから、親に電話を入れな」と説き伏せた。オペレーターとも話せないから全て私がやった。カードの件は日本の親に任せた。そして、こちらの銀行に口座を開くから、お金を電信で振り込むようにと伝えた。明日警察と日本大使館へ行こうと言って、別れた。ベッドに入ったのはすでに二時を回っていた。翌朝、私が目を覚ました時は十一時を過ぎていた。二人は、まだ寝ている。本当に図太い神経をしているというか、ただの馬鹿なのか、分からない。結局、警察に行くためにホテルを出たのは午後一時を回っていた。

これ以後の食事は全部私のおごりになってしまった。私は、私がここにいる間は食事をおごるよと言うと、ヤッターとかラッキーなどと歓声をあげる。私は、こいつらはやはり馬鹿だなと再確認した。昼食を摂り、ホテルの人に聞いていた警察署に行った。四十分ほどで着いた。ところが、「ここでは外国人の届けは取り扱わない」と言われたので、ひがいとどけ被害届を受け付けてくれる施設がある場所の地図を貰い、そこに向かった。

三十分ほどで着いてみると、ドアは閉まっていた。どうしたのだろう、と周りをうろちょろしていて、たまたま出会った人に尋ねると、今日は祝日で休みだと言われた。本当に参った。初めに行ったところで地図までくれたのに祝日だと教えてくれてもよさそうなのに、、と心で文句を言っていた。 (つづく・感想文をお寄せ下さい)