テッサロニキにはそれで三回寄ったことになる。一時間ほど休憩を取り、乗客も入れ替わり、アテネに向かった。アテネも三回目の訪問になる。一晩泊まり、いよいよシンガポール、そして日本。心が浮き浮きしていた。

アテネ国際空港
出発当日。夕方六時のフライトだったので、その日は一日、やけに長く感じた。三時ごろまでアテネ市内やパルテノン宮殿、博物館を見物した。空港までタクシーで二十分もかからないので、四時にホテルを出た。タクシーに乗りびっくりしたことがある。道端で手を上げている人がいると、タクシーは止まり、行き先を聞くのである。同じ方向なら乗せるのだ。初めに乗って来たのは美くしい女性だったので、ラッキーと思ったが、次に男性が乗り込んできた。そして美人女性は五分もしないうちに、いくらかのお金を払い降りてしまった。その後、男性が乗って来た。

時間通り空港に到着した。表示された料金の半額を支払いタクシーから降りた。空港は殺風景で乗客もまばらだった。国際空港にいるような感じはしなかった。私は乗る便を確認して、搭乗案内を待った。しかし時間だけが過ぎ、出発時間の六時になって、飛行機の整備に時間がかかっている、とのアナウンスがあった。それから二時間経っても乗り込めなかった。人命にかかわることだから待つのは仕方がない、と考えた。周りの人達も疲れ切って寝ている人もいた。ようやく飛行機に乗り込み、離陸すると直ぐに食事が出た。あまりおいしくなかったという記憶だけが残っている。 一眠りしたらシンガポールであった。

シンガポール
Hな日本人
シンガポールには午後四時に到着した。アテネで出発が遅れなかったら、午前十一時に着いていたはずである。シンガポールには一晩たいざい滞在して、翌日、午前十一時の便で日本に帰ろうと思っていた。市内見物も出来ただろうに残念である。シンガポール空港はとてもきれいで、素晴らしいの一言であった。成田も含め、私が利用した空港の中で一番美しかった。飛行機を降り、みんなが向かう方向へ私も流れて行った。手続きはスムーズに終わり、荷物もすんなり受け取ることができた。市内に出かける前に、翌日の私が乗る便のリコンファーム(搭乗再確認。とても安い航空券にはダブルブッキングといって、二重予約がされていることがある)すると、私の名前があるということだったので、安心して空港を出た。

とても暖かかった。周りを見てもバスが見当たらず、目に入ったのはタクシーであった。運転手に市内までの料金を聞き、高くなかったのでそのタクシーを利用することにした。市内までの所要時間は約二十分だとのこと。乗るとすぐ運転手が「日本人ではないのか」と否定疑問で聞いてきた。私は「イエス、日本人だ」と答えると、「貴方みたいに英語が流ちょうな日本人は珍しい。日本人でないと思った」と言った。運転手も流ちょうな英語を話し、日本語もある程度話すことが出来、五分ほど世間話をした。

そして日本語で「いい娘がいるけどどうだ」と勧める。私はびっくりしたが興味もあったので、幾らだと聞くと、丸一日つき合って三万円だという。シンガポールでは凄い金額だが、日本人には大した金額ではない、とも言った。さらに、「ここ数年、日本人がグループで女を求めに来る」と言った。

しかも日本人は小さい娘を好むので、中学生ぐらいの子供が、家庭の事情で売春をしているのであった。初め、日本人の行動が顰蹙(ひんしゅく)を買っていたが、それが次第に重要な収入源になり、「私のようにお客を斡旋すると小遣いになる」と話した。そして運転手は、私が降りる時名刺をくれ、何かあったら電話をくれ、と言った。

すでに暗くなっていた。お腹が空いていたので目についた食堂に入った。そこは私向きの食堂で、とても安くしかもボリュームたっぷりだった。その食堂のおばちゃんにホテルを紹介して貰い、そこから五分ほどのところにあるホテルに泊まることになった。値段も安く、まあまあであった。チェックインを済ませ、部屋に入りシャワーを浴び、ベッドに横になったが、このまま寝るとシンガポールをほとんど見ないで日本に帰ることになる、と考え、九時は過ぎていたが、思い切って外に出ることにした。二時間ほどぶらついて十一時に部屋に帰って来た。

すると、五分もしないうちに電話が鳴り、流ちょうな日本語で「かわいい娘がいますが、そちらに連れて行きましょうか」と言う。一人だと三万円、二人呼ぶと五万円だという。とてもつか疲れていたし、三万円とか五万円を使う気はなかった。(つづく・感想文をお寄せ下さい)