初めの四ヵ月だけ英語学校で勉強し、後は英語の勉強というより英語を使って神学を勉強したので、英語勉強法というのをアメリカで学んだわけではない。しかし帰国して数年間、神奈川県の県立高校で英語教師をした経験もあるので、留学体験と日本の英語教育とを比較し、この機に自分なりの英語教育論を述べてみたい。かなり荒削りであると思うが、我慢して読んで貰いたい。

別れもグッドモーニング
大学一年目にして偶然日本の英語教育について考えさせられる出来事に遭遇した。私はいつも七時から朝食をと摂っていた。その時のことである。カフェテリアで友人に会って挨拶を交わした。お互い「Good Morning」と言い合った。そして、一緒にテーブルについて二十分ほど食事をしながら会話をした。

私は、一時間目は授業がなくゆっくり食事ができたが、彼は一時間目の授業に出なければならず、しかもテストがあるので、あわただしく食事を済ませた。そして「クラスに行く」と立ち上がり、その時の別れ際の言葉がまた「Good Morning」だったのである。日本の中学生だって「Good Morning」を知らない人はいないだろう。「おはよう」である。百人中百人がそう答えるだろう。それまでの私もそう解釈していた。だから私には彼の別れ際の「Good Morning」の意味が理解できなかった。それはそうだろう。初めに会った時の「Good Morning」は「おはよう」で意味は分かるが、別れ際の「Good Morning」を「おはよう」と解釈したら、意味は通じないのである。

二、三日考えていると、同じようなことにぶつかった。一時間目の授業が終わり、その時会った友人に「How are you?」と尋ねた。この場合、日本人ならオオム返しに「fine」と答える。(答え方がいろいろあるので、これも大きな問題)。すると彼の答えは「Bad Morning、men」であった。Morningの使い方は、goodだけかと思っていた私にとって、とても驚きであった。そこで後でこのことを先生に尋ねると、Goodとはoを一つ取るとGodになる。

そして、Good Morningの意味は、ただ挨拶として使う(「おはよう」型と「Have a good Morning」(いい朝をお迎え下さい)型があると教えてくれた。「good」は「God」からきているそうで、「Have a good Morning」(いい朝をお迎え下さい)の中には、「God be with you」(神があなたと一緒にいますように)という意味が含まれており、もう一つの「Good Morning」は「神があなたとともにいて、いい朝をお迎え下さい」となるわけである。

日本の英語教育の問題
日本では中学一年から英語学習がスタートするが、「GoodMorning」は「おはよう」とだけ習う。ここに日本の英語教育の大きな問題があると思う。言葉とはとても柔軟性を持った生き物で、とても変化しやすい。

その一例だが、アメリカ人は「あなたは私より背が高い」というのを「You are taller than me」という。アメリカの大学で一年の時英語のクラスを取ったが、この問題が出た。そして二十五人中、正解者は私だけだった。アメリカ人学生は「You are taller than me」の方が、正解の「You are taller than I」より発音しやすい、と口をそろえて言った。文法的にはyouという主格とIという主格を比較するのだから、Iが正しく、youという主格とmeという目的格は比較ができない。というわけで「You are taller than I」が正解になるのだが、アメリカではmeを使っても正しいとする文法書も出ている。

日本での英語の勉強の仕方でいけない一つの点は、ある英語の単語や熟語に対して、ある特定の日本語を当てはめ過ぎるのである。日本では英語の勉強の仕方に全く柔軟性がない。だから、生徒に英文を訳させても、生徒自身も分からない訳を作り出す結果になってしまう。確かにある程度は、この英単語にこの日本語を、というやり方は時間が節約でき、能率よく進む。しかし応用力に欠け、言語というものを上辺だけで捕える、冷えきった学習しかしていないように思う。

英語で失敗
その柔軟性とはちょっと違うが、聞いた英語の意味が分からずに失敗した例を紹介する。 (つづく・感想文をお寄せ下さい)