英語の発音を注意されたことも気になった一つだが、とにかく勉強のレベルの高さにはびっくりした。入学時であれだけの専門知識を持っているとは驚きである。さすが大学はっしょう発祥の地である。今ではこのように余裕があったかのように書けるが、当時は違った。質問も講義が進むにつれてだんだんと高度になってきた。その度に答えられないことが多くなってしまった。

試験問題
試験が近づきその一週間前に、ある先生から、私の講義内容をコピーして、渡して下さいと要求された。理由は試験問題を作るからだというのだ。イギリスでは大学の学問レベルの均等化を図るため、教えている先生が試験問題を作るのでなく、他の大学の先生が作るケースが多いという。試験問題も当日でなければ分からず、その時まで担任の先生にも問題内容は知らされない。またまたびっくり仰天である。つまり、私が講義した内容が一切試験に出ない場合もあるわけである。

ところで私のクラスの試験問題は、確かマンチェスター大学の先生が作ったと思うが、問題を見て、またまたびっくり仰天してしまった。私も生徒と一緒にやってみたが、私の手は答案の上を五十行ほど進んで止まった。また書き始めようとしたが、答えが浮かんでこない。生徒を見ると、誰も手を休めず一心不乱に解答用紙に向かっている。この時、私は自分が彼らに講義する資格がないことをはっきり悟った。ほとんどの生徒は二時間の試験で一時間半は手を動かしていた。私と言えば、ほんの十五分ぐらいでギブアップである。このクラスの試験は、私だけがらくだい落第だったかも知れない。多分そうだったと思う。みんなの解答用紙を集め、見ると素晴らしいの一言だった。とにかく彼らはかなりの知識を持っていたことは間違いない。少なくとも私以上ということが、この試験ではっきりした。

その解答用紙をマンチェスター大学へ送り、一週間後に送り返されてきた。その試験の評価は問題を作った先生がつけるのだが、総合評価は私がつけた。結果は、三度目のびっくり仰天。いい成績に違いないと思いながら評価すると、Aを取った生徒は一人もいなかった。Bが最高で、ほとんどがC。てんさく添削もかなりされていた。私はその解答用紙をすべてコピーし、後で読んでみたが、私の実力のはんちゅう範疇ではなかった。と同時に私がこの試験を受けていたら、間違いなく落第だということをさと悟った。

こんな状態だったので、私は次に予定されていたドイツの大学での講義を断ろう、と考えるようになっていた。とにかく後一ヵ月はイギリスでやるしかないと思ってがんばった。しかし、私程度の実力でがんばってもたかが知れており、生徒の不満がも漏れ始めた。私のがんばろうという気持ちは、ビックバン(宇宙発生の大爆発)のように粉々になっていた。

自分の甘さもあったのだが、イギリスに来るまでかなり調子よく勉強してきて、それなりの評価を貰い、ヨーロッパの大学にはけん派遣されるということで、自分でも実力がついたんだ、と思い始めたやさき矢先にイギリスの大学に、お前程度の実力で講義をしようというのは「ちゃんちゃらおかしい」と、あざ笑われたようだった。それまで努力したことや、それに対する評価など、全てが空しいものと化してしまった。大きな挫折を味わったのである。

次の講師は断る
ようやく講義が終わり、次の講師の予定であったドイツの大学には手紙で断った。私を派遣してくれた大学(ノースウエスト大学)にも、親の体の具合がよくないので帰国しなければならなくなった、と嘘の手紙を出した。すると、本当に私のおふくろの具合が悪くなり、八時間もの手術と、その後、三ヵ月も入院するハメになった。嘘は災いのもとだと思った。
とにかくイギリスでの講師の仕事が終わった。ほとんど旅行することがなく、図書館や自分の部屋で時間をつい費やしていた。今思えばとても残念なことである。

イギリスの教育
ここで、私が四ヵ月の間にロンドンで見聞した、イギリスの教育システムとそれと対比した日本の教育について、私の感想を記しておきたい。
 日本と比べイギリスは、本当にそうごうてき総合的人間教育を行っているということだった。滞在中にイートンからケンブリッチに進んだという人に何人か会ったが、みんな口裏を合わせたように、あの高校は素晴らしい、とべた誉めだった。「人生でどんなことがあっても食って行けるような技量を身につけさせてくれただけでなく、人生のあり方についても教えてくれからだ」と言っていた。 (つづく・感想文をお寄せ下さい)